入管庁の責任をごまかすための有識者会議
以上の経緯からわかるように、ウィシュマさん死亡事件は、本省(法務省入国管理局。 2019年 4 月からは出入国在留管理庁に改組)の指示通達等を、名古屋入管が忠実に執行したことによって起きたものにほかなりません。処遇現場の職員教育の不足や医療体制の不備そのものが原因で起きたものではないのです。2015年通達から始まり、一連の入管本省通達等が、いっそう入管医療をゆがめることを含め、現場においていかに執行されたのかを、徹底検証することなくして、ウィシュマさん事件の真相を究明することはできません。
ところが、入管庁設置の有識者会議の「提言」は「医療体制の不備」に問題を矮小化することで、送還強硬方針をとってきた入管庁の責任を棚に上げ、事件の真相究明を封じようとするものです。
「提言」では、入管施設における医療には一般の医療機関のものと異なる特殊性・困難性があると述べられています。医師の判断・指示に従わない被収容者・拒食や自傷行為をする被収容者がおり、こうしたことが常勤・非常勤の医師の確保を困難にする一因となっているという理屈です。言うことを聞かない被収容者がいるのが問題なのだというわけです。
しかし「提言」をまとめるプロセスにおいて、ヒアリングやアンケートは医師や医療従事者に対してのみ行われ、被収容者や支援者の意見は一切聞いていません。その結果として、「困難な対応を伴う被収容者」の存在は、「提言」のなかでは医師側の視点からの「困難」としてのみとらえられ、被収容者がどうしてそうした行動をとらざるを得なくなるのかという点は全く考察されていません。
また、入管医療はそもそも、先ほど述べた送還方針のもとで、収容を継続するための治療が行われており、収容継続を正当化するための手段として入管医療があります。体のどこかが痛めば痛み止めを処方、眠れないなら精神安定剤と睡眠導入剤というように、とりあえず薬を出して様子を見る対症療法に終始しています。病気の原因を突き止め病気を治すために治療する医療ではないのです。また、検査をしても被収容者には結果が見せられず、「異常なし、問題なし」。それでも体調不良を訴える被収容者は詐病扱い。このような制約され、患者に依拠しない医療で、医者と患者の信頼関係は成立しません。 こうした入管医療の実態は、被収容者当事者に話を聞けばすぐに明らかになるものですが、有識者会議はそうした労力をとることはせず、信頼関係が成立しない責任を、「困難な対応を伴う被収容者」などと言ってもっぱら被収容者の側に転嫁しています。 このように、有識者会議の「提言」は、入管医療の問題の原因を一方的に被収容者に押しつけ、この点においても入管の責任をごまかし、すりかえに終始しているといえます。
入管政策のあり方を問う必要
入管庁による「調査報告書」や有識者会議の「提言」をみるに、入管組織はウィシュマさん事件の再発防止に取り組むうえで、その意思と能力のいずれをも欠いていると言わざるをえません。「提言」においても、また入管庁長官の記者会見での発言においても、被収容者あるいは送還を拒否している外国人のせいで問題が起こるのだという、責任転嫁の論理で一 貫しています。他方で、自分たちがおこなってきた政策・制度運用を批判的にふりかえろうという姿勢はまったくみられません。自分たちの責任を問うことはいっさいせず、悪いのはぜんぶ外国人だと言わんばかりの現状の入管組織に、自発的な再発防止の取り組みなど期待できるでしょうか。
現状のままでは、今後もまた入管施設で死亡事件がくり返されることは避けられないでしょう。入管から国外退去を求められているけれどそれぞれの事情があって送還を拒否している人は、現在3000人超います。この人たちは、施設に収容されているか、「仮放免」といって一時的に収容を解かれているかのいずれかです。仮放免されている人も、いつまた再収容されるかわかりません。3000人以上の人びとが、いつ次の収容施設での死亡者になってもおかしくないのが現状なのです。
そして、死亡事件がくり返される状況というのは、医療体制の不備によって生じているのではありません。入管政策、とりわけそのなかでも送還に関する方針によって生じている状況なのです。また、近年、報道などにより多くの人の知るところとなった収容の長期化や施設での虐待とも言うべき処遇も、被収容者の在留の意思をくじき帰国させることを何よりも重視し、人命・人権は二の次という送還方針が引き起こしている問題です。
これらの問題が、どのような入管政策のもとで起きているのかを明らかにすることが重要です。そうすることで、問題解決のために私たちがどのような政策転換を政府・入管に対して求めていくべきなのかがみえてくるはずです。
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