再強硬路線がまねいた人権侵害事件
再収容と長期収容を通じた帰国強要の強化、在特基準の厳格化は、先にみた 2009 年の改定入管法成立後の強硬路線をなぞるものです [8]。これは必然的に、収容施設での問題を多数引き起こすことになりました。収容長期化にともなう被収容者の健康状況の悪化、医療問題、ハンストなど被収容者の抗議の激化、これに対する入管側の「制圧」や懲罰的隔離処分の多用・濫用。これらがマスコミ報道などで多くの人に知られ、入管収容問題が社会問題化したのです。
以下はこの間の死亡事件などをまとめたものです。
2017 年 3 月 ベトナム人被収容者死亡(東日本入管センター)
2018 年 2 月 28 日 法務省入国管理局長指示「被退去強制令書発付者に対する仮放免措置に係る適切な
運用と動静監視強化の更なる徹底について」
2018 年 4 月 インド人被収容者自殺(東日本入管センター)
2018 年 8 月 24 日 法務省入国管理局警備課長通知「送還忌避者縮減のための重要業績評価指標の作成
について」
2018 年 11 月 中国人被収容者死亡(福岡入管)
2018 年 12 月 入管法改定 在留資格「特定技能」の新設、出入国在留管理庁の設置など。外国人労
働者の受け入れ拡大へ。
2019 年 6 月 ナイジェリア人被収容者(A さん)がハンストのすえ餓死(大村入管センター)
2020 年 5 月 1 日 入管庁「入管施設における新型コロナウイルス感染症対策マニュアル」(入管施設
感染防止タスクフォース)
2020 年 10 月 インドネシア人被収容者死亡(名古屋入管)
2021 年 2 月 政府が入管法改定案を国会に提出。4 月に参院で審議入り。 政府が法案を取り下
げ、廃案に(5 月)
2021 年 3 月 スリランカ人被収容者(ウィシュマさん)死亡(名古屋入管)
再強硬路線に転換した2015 年からの7年ほどで6名もの人が収容中に命を落としています。これらはこの間の入管施設でのおびただしい数の人権侵害のほんの一端にすぎません。 近年、入管問題が世論の関心を集めさかんに報道されるようになっているのでここでは具体的事例にふれませんが、被収容者の死亡にまではいたっていない、しかし深刻な人権侵害と言うべき事例は、あげていくときりがないほどです。
2つの見殺し事件
「1.はじめに」で述べた2つの見殺し事件、大村でのナイジェリア人 A さんの餓死事件、名古屋でのウィシュマさん事件について、すこし補足します。
亡くなる前の A さんは、3 年半という超長期収容のなか、抗議のハンガーストライキをおこなっていました。水すら飲まない完全絶食、しかも医者の診療も拒絶していたので、そのままでは数日で命を落とすことは明白でした。事件後に入管庁の公表した調査報告書からも、A さんが収容を解くことを求めて絶食をおこなっていたことはあきらかになっています。入管施設の所長らには、「仮放免」という一時的に収容を解く措置をおこなう権限を与えられています。大村入管センターは、仮放免許可をAさんに示唆し、ハンストを中止して診療を受けるよう説得することができたはずだし、A さんの命を第一に優先するならばそうするべきでした。ところが、センターはAさんの絶食を放置し、餓死にいたらしめました。 被収容者の生命よりも収容の継続、送還を優先したのです。放置すれば死ぬとだれでもわかる状態の人を放置し、まさに「見殺し」にしたわけです。
これはあきらかに常軌を逸した対応でしたが、法務省入管局長による 2015 年から 16 年 にかけての(1)(2)(3)(連載⑩に掲載)の通達・指示、また先述の 2018 年の法務省入管局長指示および警備局長通知のもとでの対応であったということをあらためて確認しておきましょう。 ところが、A さんの死亡後も入管庁は一連の通達等を撤回することはなく、先にみたとおり佐々木入管庁長官は、従来の方針を維持・継続することを記者会見で事実上宣言しまし た。そうしたなかで、2021 年 3 月にウィシュマさん事件が起きたのです。
ウィシュマさんもまた、A さん同様、収容継続・送還を人命よりも優先する強硬方針のもとで見殺しにされたことは、「1.はじめに」で述べたとおりですが、もう 1 点補足すべき事実があります。ウィシュマさんの仮放免申請が 2 月 16 日に不許可になりました。事件後に入管庁の公表した「調査報告書」には、名古屋入管がこれを不許可にした経緯も記されています。この申請に対する決裁書には、「一度、仮放免を不許可にして立場を理解させ、強く帰国説得する必要あり」との記載もあるとのことです。
この記述は、名古屋入管が収容という心身に苦痛を与える措置を、被収容者に「立場を理解させ」その意思を変更させる手段としてもちいたことの証拠となっています。あなたは退令発付処分をくだされた ”立場” であり、日本にいることを許されない ”立場” なのだ、その ” 立場” を思い知らさせるために、あなたを閉じ込めておくのだ、というわけです。
このように、収容という措置を拷問の手段にして「送還忌避者」の帰国を促進していこうという方針を入管が現にとっており、そのなかで相次いで人が命をうばわれているという事実をふまえたとき、医療体制の拡充などという入管のいう対策がいかに的外れなものか、わかります。入管政策、送還に関する方針を見直し、これを転換させることこそが事件の再発防止のために不可欠なのです。
コロナ禍と仮放免者増大
2020 年 5 月 1 日、入管庁は、新型コロナウイルスの感染拡大をうけて、入管施設感染防止タスクフォースによる「入管施設における新型コロナウイルス感染症対策マニュアル」をまとめ公表しました。密集回避などのために仮放免を積極的に活用することなどをさだめたマニュアルです。この前後から、各入管施設では仮放免許可により被収容者数が激減しました。
他方で、退令仮放免者数が増加し、2020 年の年末時点で 3000 人をふたたび超えるにいたりました(図3)。拷問とも言うべき収容から解放されたのはよいものの、しかし仮放免も基本的人権の保障されない無権利状態です。仮放免者は、就労が禁止され、国民健康保険に加入できないなど社会保障から排除されています。働いて収入を得る手段をうばわれ、病気になっても高額な診療費を請求されることをおそれて病院に行けない人が多くいます。
こうして 3000 人以上の人が、生存権を保障されないきわめて深刻な状況にあるのです。
図3
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[8]ただし、2009 年の強硬路線と2015 年に始まるそれとでは、入管当局にとっての目的や意味合いに大きな違いもあると考えられます。2009 年からの送還強硬路線は、さきに引用した当時の森英介法相の発言にみられるように、3 年後の新在留管理制度施行に向けて、13 万人の「不法滞在者」 を減少させていくことを目的としたものです。この間、非正規滞在者全体の人数は大きく減っていきますが(図4)、そのうち一部に送還を強く拒否せざるをえない人が存在するという問題に入管が直面することになったのです。他方で、2015 年以降の強硬路線は、「不法滞在者」というよりも、 2010 年から急増した退令仮放免者をはじめとする数千人の「送還忌避者」を送還によって徹底的に減らすことを主目的としたものと考えられます。
図4
次回:6.おわりに「入管政策が『送還忌避者』問題を作り出した」、「問題解決は一刻も先延ばしにできない」
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